この夏も母と女性教職員の会の全道集会と全国集会に参加してきました。
全道集会は7月26~27日に岩見沢市で行われました。私は27日の「しょうがい児教育の問題」の分科会に参加しました。
まず協力者である北教組のТさんから高校への受け入れ状況や高等養護学校の入選状況についての説明がありました。障がいのある子の入試での合理的配慮として道教委が現在行っているものをあげてみると・・・別室受験、拡大鏡、用紙の拡大、筆談による面接、うなずきによる回答、介助・保護者の同席・・など、他にもまだありますが、その中に知的障害の子に対する配慮が何もないのです。確かに入試は点数を競うものですが、知的障害の子どもにとってはその点数をとれないことがハンディなのです。そこに支援がないことは差別ではないかと感じました。
討議については例年どおり先生や保護者から活発な意見が出されました。ただ今回あらためて感じたことがあります。
ご存じのかたも多いと思いますが、日本は今年1月に「国連障害者権利条約」を批准しました。
権利条約の第24条教育の中では締約国が確保することとしてにつぎのようなことが書かれています。
・障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
・障害者が、他のものとの平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること。
・個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。
以上のことからもわかるように権利条約の目指すものは障害のある子も障害のない子と同じ場でともに学ぶインクルーシブ教育です。今回このことを国が認めた(批准した)ということはとても大きな前進です。私たちはそれをしっかりと認識して広げていくべきだと思います。
ただ、急に「法律が変わって・・」など話し出したら、相手によっては逆に距離を置かれてしまうケースもあるかもしれません。
そこで、権利条約の中にある「医学モデル」と「社会モデル」のことを話してみるのもよいのでは・・と私は考えています。
「医学モデルでは障害を欠損、異常などととらえ社会に適応していくための手段は治療やリハビリである。つまり障害者自身が努力したり乗り越えなければならないことであるとされています。
一方「社会モデル」は障害を個性、多様性ととらえています。そして社会環境の変更と調整が、障害のある人が社会に適応する手段なのです。障害者自身が変わるのではなく、周りが、社会がかわることが必要とされているのです。
権利条約では障害の定義を医学モデルではなく社会モデルに基づき定義しています。このことは割とわかりやすい、というか理解してもらいやすいのではないかと思っています。
「今は社会モデルの時代なんです!」と。「だからこそ分けないことは大切なんです!」と。
そんなことを、今回討議する中で感じることができました。
全国集会についてはまた次回・・・
(青野 比奈子)

